にっきの最近のブログ記事
なんだかんだで技術系の事は出せたり出せなかったり出せなかったりする事が多いので、
今年は本の紹介を重点的にしてみようかと。
ついでにアフィリエイトも貼っちゃおうかと。
深夜から早朝にかけて自宅で仕事だったので、初日の出を拝んだ後、数時間寝てから初詣に行きました。
その帰りに寄ったお店で購入したのが↓↓↓↓↓↓↓人間の品格
最近、技術よりもマネジメントの方が本業になってきていまして、とはいいつつも自分のやりたい事はやっちゃったりするわけですが、だからといってマネジメントから解放されるわけじゃないので、お勉強。
キーワードは、相手を変える事はできないけど、自分が変わる事はできる、ってこと。
自分が苦手だから相手も苦手に思ってる、自分が苦手に思わなければ、相手もおそらく心を開いてくれるであろうと。
まぁ、それでダメでも、そもそもダメだったんならその方法が間違ってるとわかっただけでも収穫。
そんなこんなで、今年は何冊読めるかなぁ。
激動の1年だったのは皆様も同じかとは思いますが、来年も良い年になりますように。
いつかは、と思っていましたが、とうとうその日が来てしまいました。
栗本薫先生、おつかれさまでした。
彼の地で本の中の盟友と会える事を祈りつつ。
「最悪」
「ウランバーナの森」
「グインサーガ126巻」
「邪魔(上)」
「邪魔(下)」
奥田英朗フェア状態でし。栗本薫もありますが。読んだのはここまで。
「商売繁盛12の心得」
「不況に克つ12の知恵」
は思わず手に取ってしまった幸ちゃんの本。ずいずいと読み始め。とはいっても80ページほどしかないわけでして。
若干悲しいのは「最後のパレード」のパクリ疑惑。
まぁ、パクって金儲けたことが問題であって、内容は変わらないわけで。
そうこうしているうちにGW突入の予感。(っていうか、カレンダー通りですか、そうですか。)
まずは読んでくだされ。
これに共感できるかどうかが、プログラミングを続けていけるかどうかの違いだと思います。
おそらく、生産と販売という手法しか知らない経営陣、管理陣にとっては、そのどちらに当てはまるものなのか、ということでしか判断できない事が致命的なのです。そしてそれを認められず、既存の解釈、手法に押し込めようとする事が理解を阻害しているのかと。
思考停止とは、かくも甘美な物かと。
まぁ、会社はアーティストを求めていないから、そこで理解を得ようとするのは難しいのかもしれませんが。
そして、最近は作る側もそういう理論に落ち込んでいってしまうから、消耗していくのです。
意地ではなく誇り、が原動力とならなければ続かない。
なぜにプログラムに芸術性が認められないのか。理解できない、あるいは基本的な知識が必要、という点では、名画などと大差はないはずでして。
そういう意味では、もっと理解不可能な表現方法の方がいいのかもしれない。
(下手に「言語」として記述する事ができることが、一般の人が感じられる芸術性を損なっている原因なのかも。)
誰が気付くべきなのか。
どうやったら気付いてもらうことができるのか。
連絡あり。
いや、ここ数年は年賀状くらいの付き合いだったわけですが。
もうかれこれ15年くらいになるのか?早いなぁ。
まぁ、何でも良いから声かけてもらえるのは嬉しい限り。
さて、どうにか探してみないとね。お役に立てるように。
そして、昨日「眠れぬ真珠」購入。衣良さん。
先月は毎週1回のペースで身体にムチ打って深夜作業、早朝作業を
こなしてたわけですが、4月に入ってめっきり仕事も落ち着いてきて、
早寝早起きな生活です。
春眠暁を覚えず、な生活の方が好みなのですが、がんばって起きます。
さて、キャンプ、ぜひ行きましょうね。>88さん
たのしみたのしみ
4月になりました。
さくらも満開です。
明日行かなければ散っちゃうでしょうねぇ。。。
そんな中、3月初旬にはJリーグ、今日はプロ野球が開幕です。
とりあえず、無事にスタートできたって事で、おつかれさまでした。
しかし、全く興味のなかったスポーツに関する仕事をするようになるなんて
人生ってのは不思議なもので。
まぁ、システムっていうのはそういう意味で非常に様々なモノに必要とされているわけです。
だから、自分の興味のある事でもない事でも、とにかく周辺でも良いから潜り込みたいって場合は、システム関連の仕事に就くってのはありですね。
直接的にはできないかもしれないけれど、比較的近い場所で仕事ができるってのは、夢に近づいた感じがしてやる気も出るんじゃないですかね?
僕にとっての今回の収穫は、サッカーと野球の仕組みがわかったってことかな。
今まで知らなかった世界をのぞいて、少しでも解るようになるってのは、それは楽しい事です。
そういう好奇心がなくなったら、なにやっててもつまらないでしょうね。
そういう人生にはしたくない、ですね。
(好奇心猫を殺す、って言葉もあるわけなので、まぁ、ほどほどに。)
今週は
「美丘」石田衣良
「道をひらく」松下幸之助
です。
そろそろ衣良さんの文庫は全部揃いそう。文庫化されてない物は待ちってことで。
特にIWGPはまだ先があるので楽しみに取っておきます。
ある程度の鮮度は必要だとは思うんだけれども、文庫化されるまでくらいのタイムラグならまだ許容できるかなと。
それと、たまーに啓発書系というかビジネス書系というか、を買ってます。
このあいだは宗ちゃんの本を読んだわけですが、今回は幸ちゃんです。
多くの経営者がこの2人の本をよく読むってのは、その理由が年を経る毎にやっぱりだんだんと解ってくるようになるものでして。
逆に、若いうちには理解しづらい事ってのもたくさんあるなぁ、とも言えますが。
もはやプロスポーツ選手はスポーツ選手の枠を超えた、スポーツが得意分野であるエンターティナーであるように、プロのプログラマもプログラムが得意なエンターティナーであるべきなのです。(間が飛んで解りづらいとは思いますが・・・)
プロである事の条件は、それで飯を食っている事、ではないのです。
そういう意味では、技術者の地位が低いから地位を上げるべきだと自分たちの思想を押し付けるような技術者は悪い意味での芸術家であり(作品自体が芸術的でさえ無い可能性も多分にあるわけですが)、アマチュアプログラマの足下にも及ばないプロの皮をかぶったタダの金の亡者ではないかと。
良い物を出していればお金(もしくはそれに近しいもの)は集まってきます。
それでも集まらないのであれば、それは良い物ではないのです。
少なくとも、現代の社会では価値が認められないのだから、諦めるべきで。
解ってもらえない事自体がつまりは結論であり、それを受け止めるべきなのです。
受け入れない顧客を責める事自体がそもそも間違っている。
お客さんに喜んでもらってこそ存在価値があるのです。
そういうモノを作れるからこそ存在意義があるのです。
まぁ、だから、結果として、その位置に居続けているわけですよ。
とかね。若いときには解らんのですよ。
鼻がポキポキと折られても気付かない人もいるのですよ。かなしいかな。
まぁ、救われないのはその人自身だから、手をさしのべる事も難しい。。。
そして、宗ちゃんと幸ちゃんといえば、ガネー車です。いや、ガネーシャです。
ぶるん、ぶるん、ぶるぶるぶるぶる、です。
夢をかなえるゾウ、オススメです。
今本屋さんに並んでいるものには170万部突破とか帯に書かれていますが、それだけの人があの本を読んでいるのだから、これからの世の名は良くなっていくんじゃないだろうか?と思うのは僕だけでしょうか?
さて、ずいぶんと間があきました。
「空は、今日も、青いか?」
「愛がいない部屋」
いずれも石田衣良さんです。
って、先週土曜に買ったので、すでに読了。
あ、と、UNIXマガジン。季刊になってからたまに買うようになりました。
クラウドコンピューティング、っていかにもバズワードなわけですが、
実際にgoogleやAmazonEC2とかが動いている事を考えると、実体もあるわけで、
言葉をネタに金儲けをするような企業はともかく、ある程度地に足がついてる伊技術だと思うのですよ。
つまりは、世界にコンピュータは5台で足りる時代がくるわけです。
まぁ、ACIDからBASEへの転換をどのように行うか、あるいは共存するか、という事なのですかね。ここはよく注意しておく必要があるのかな、と。
もう、そこについていけるかどうかでパラダイムが変わっているわけでして。
絶対的にBASEモデルが必須というわけではないですが、うまく取り入れる事は必要、というか、ユーザーが増えていく事とそれをさばいていくためには避けては通れないかな、ということでブレークスルーになるかなぁ、と。
ちなみに、BASEとは
BASE(Basically available、Soft State、Eventually consitent)
でして、僕は今回初めて知りました。
あると思います。(エロ詩吟じゃないよ、念のため)
TDLだとダメだけど万博だと良いとか、そういう差別もいかがなものかと。
TDLでサービスを学ぶ、ということもできるわけでして。利権でやってるモノと比べたら得るものも違うような気がしますが、とか端的なことはどうでも良いわけでして。
学校に行くも休むも権利だし、その結果勉強ができなかったり解らなくなったりするのは権利を行使した側の責任。その責任を取ることができるならば、選択は自由です。
義務ではあるよ、小中学校は。少なくとも日本では。そういう行政?サービスを受けられることは感謝すべきだし。誰もそんなこと思ってないと思うけど。学校なんて行かせてもらえるの当たり前だよね、的なね。
でも、(なんでもそうだけど、)当たり前のことって、実はそもそもは当たり前じゃなくって、当たり前になるように頑張った人たちがいるってこと。そして、当たり前になったことでその価値が下がってしまったとも言えるかも。その根本となる思想がだんだんとブレてくるんだよね、しょうがないことだけど。
だから、たとえば手段としての学校が目的としての学校(学歴)となってしまって、その価値観からスタートした人たちは手段が目的された事によって本来の目的を知ることなくその道を進んでいくことになってしまうのは不幸だなぁ、とか。
むろん、年端の行かない子どもに勉強するのと遊びにいくのとどっちが良い?とか判断させるのは難しいと思うけれど、人生には色々な時間の使い方があってよいと思うのです。
ニンゲンは何からでも学べるのです。
特に子どもの頃の方が、純粋に、素直に吸収できると思うのです。
大人たちが自分の凝り固まった価値観で子供たちの行く先を指図するよりは、よりよきオブザーバーとして、広く楽しいこの世の中をどんな風に生きていったら良いのか、生きていくべきなのか、を見せて、考えさせることが重要だと思うのです。(むろん、よかれと思っての事だとは思いますが、それが絶対的な善?正?ではないと思うから、判断の余地は残すべき)
その手段として、TDLでも万博でも、学校でも、行きたい、行くべきだ、と思って素直に生きるのが良いと思うのですよ。
どうでも良く流されていくときもあったり、それが必要だったりする時もあるけれど、自分の頭で考え、自分の足で歩けるように、なりたいものです。
いくつになっても。
という本を買いました。
一緒に「最後のパレード」も。
GT−R本は開発ストーリーなのですが、一番惹かれたのは、「消費から価値の文化へ」というところ。
まだ最初の数ページしか読んでないのですが。
モノを作っていく上では当然価値を高めていかなければならないわけですが、不況不況と叫ばれているこのご時世では、価値=値段が安いこと、となっているのが実情です。
不況だから、といって価格を下げていくと、最初のうちは売れるでしょうが、ジリ貧になっていくことは目に見えています。同じ数だけ売っても売り上げは下がり、利益も薄く、そこに再投資されるべき原資も下がっていくのですから。
そういう価格破壊は体力勝負の先行者利益が最大限になるモデルであり、そこで一発当てた企業は焼き畑農業のようにさっさと別の市場を探してまた同じように一時的な利益を上げるのです。
過剰な焼畑農業は土地を蝕み、農業そのものをできなくするだけでなく、その周辺の環境まで破壊していくのです。
安くて使い捨てのモノを大量に消費していくことで得られるのは、一時的な便利さや快適さでしかありません。値段なりのモノしか得られないのです。
そして、その安さを実現するために犠牲にされているものなんてない、とは誰も思わないでしょう。
それはつまるところ、安全であったり、給料であったり、雇用であったりするわけです。
安い物を消費するのではなく、適正な価格で手に入れた物を大切に使って、価値を最大限に利用していくことで豊かになっていく、という循環を作っていくことができなければ、この不況が収まることはないでしょう。
昔の人はうまいことを言ったものです。「安物買いの銭失い」
そして、「最後のパレード」
読んでください。
泣いて下さい。
どんな仕事であっても、少しの心遣いで、お客様にとても幸せな気分になってもらうことができるのです。
それに気付いたら、すこしでも、実践してみてください。
リタイヤしたら、ディズニーランドでバイトしてみるかなぁ。。。何年後だろう。。。
やってます。
前に書いたお昼ごはんのような買い物をすると、
1000円札で500円玉+αのおつりが帰ってくるのです。
2年?3年?くらい続けているかな。
いまのところ、360枚くらい。
200枚たまると結構ズッシリくるものです。
で、問題は、これをどう使うか。。。
両替って200枚以上は手数料がかかるんですよね、確か。
なので、、、
ATMの硬貨のところにザクザクつぎ込んで預金!
って作戦を考えてます。
いやぁ、こんなことやってると、かなり怪しい感じもしますが(^^;
一昨日、石田衣良さんの「1ポンドの悲しみ」購入。
早速読み終わってしまったので、今朝新聞でみつけた奥田英朗さんの「町長選挙」を購入。
いずれも文庫。
なんていうのか、最近ハードカバーを頑張って買わなくなった、んですね。
新作をどんどん読みたい!ってのはあるわけですが、我慢できるようになったということか(^^;
で、僕の本の読み方は、作家がキーになってまして。
大江健三郎氏はジャンルで選んで読むと理解が深まる、といわれておりましたが、まぁそれは確かにそうだと思います。
が、仕事に関連する本以外は作家で買うことにしてます。
というのも、おそらく、同じジャンルで文体が違うもの、っていうのは読みにくいからですね。
だから、作家で買うにしてもある程度シリーズ化されているものを順番に読んでいって、それから同じ出版社のもの、または別の出版社から出ているもの、という感じで作家の著作をどんどんとためていくのが僕の読み方です。
結局読み進むときにどれだけ軽快に進んでいけるかというのが大事なことだったりするのです。エンターテイメントだから。
いやぁ、年度末とは忙しいもので。
昨日も日曜だというのに暗くなってからイソイソと出かけて、
深夜作業をこなして、久しぶりにマッサージに行って疲れを癒して、
さきほど帰ってきました。
順調順調って感じでおかげさまで予定通りに完了してめでたしめでたし。
まぁ、その前々日からは実家に一泊とまりで帰ってたりして、
結構あわただしい週末でした。
しかし、これで少しは落ち着くなぁ。
怒濤のごとく忙しく。(使い方間違ってるような?)
まぁ、そんな中でも毎日毎日僕らは鉄板の〜
いや、テッパンのネタがあるわけではなく、毎日毎日通勤の行き帰りに本を読んでいるのです。
最近の流行は石田衣良さん。
久しぶりに馳星周も併読で。こっちは主に寝る前ですが。
ついでに昨日は新書も1冊読み終わったところ。
だいたい2冊、ジャンルの違う本を持ち歩いて、気分にあわせて読んでます。
最近のペースは文庫を週に2冊程度をコンスタントに。
ほんとはもっとガリガリ読みたいんですが、翌朝のことを考えるとやっぱり没頭するわけにも行かず。
まぁ、不思議なもので、忙しいときほど本読みたい欲が増し増しに増すのです。
こう、脳味噌の回転数を下げないようにしているんですかね?
でも、仕事関係の本はあんまり読まなかったり(読むとやりたくなることが増えちゃうからね。)
昔はアルコールエンジン搭載っ!とか言ってたけど、最近は文字文字エンジン搭載っ!って感じですね。(単にアルコールの摂取量が少なくなっただけなんですが)
最近の昼ご飯パターン
・スープパスタ
・おにぎり
・菓子パン
それぞれ1点ずつでだいたい400円前後。
まぁ、これだけだと少ない感じもしますが、寄る年波には勝てず、基礎代謝も落ちてきているわけでして、ろくにスポーツもしないので少なめです。
で、これくらいだと退社時刻になると確実におなかが空いてくるのです。
それも一つの作戦みたいなものでして。
おなかが空いたら働く気がしなくなるので、さっさと帰る気になると。
バイトも含め社会人になってから15年くらい経ちますが、会社で食べるごはんは昼ご飯のみ。最近じゃあ、おやつも食べなくなった。
23時頃まで働いてた若かりし日でもやっぱ家に帰ってからしか食べなかったなぁ。
早朝より出社の日。
いやぁ、なかなか月曜の朝暗いうちから仕事に行くってのは、なかなかないですね。
日曜の夜からメンテナンスとかだとさらにツライ感じがしたりするのですが、
朝だと結構清々しい。(寒ければなお)
そのために22時くらいには寝たりしてね。
いやぁ健康的な生活ができるようになったもんだ、年取った証拠か。。。
まぁでも、最近思うのは朝型の方が夜型より絶対的にパフォーマンスが良いということ。
1日をどう捉えるかによるとは思いますが、フツーの人々の生活が、朝始まって夜終わることを考えると、それよりも早く行動することで、後ろの時間がかなり自由に使えるようになるのです。
夜遅く来たオーダーに対応するには?っていう疑問もあると思うけど、そういうのはそもそもリアルタイムに対応する必要性が低い場合も多い。(緊急対応とかはいつの時間でも対応しなきゃならんわけだしね)
だから、誰よりも早く出社して、さっさと”自分の”仕事を済ませる。
できればみんなが出社して一息ついてさぁ仕事始めるか、みたいにエンジンがかかる前までに。
そうすれば、深夜のオーダーも早々に終わらせられるし、真っ昼間のオーダーもほぼリアルタイムにこなせるってわけ。
だいたい、自分の仕事が後回しになった時点でクオリティが下がるからね。
だから、スッキリはっきりしてる午前中にさっさと集中して仕事を済ませるのです。
というのが最近のトレンド。
